佚?名
译 者:尹 蕾
本书为日本平安后期物语中的代表作之一,作者未详,一般认为是菅原孝标女(《更级日记》作者)所作,作品主题是错综复杂的人际关系以及主人公苦恼的心理纠葛,目前国内尚无中译本出版。
第一卷 不合时宜的一夜情
梗概
当时,有名为源氏太政大臣之人,身为朱雀院的兄弟,在世间名望颇深。两位夫人先后早逝,只留下帅宫之女所生大小姐和二小姐,以及按察使大纳言之女所生左卫门督和宰相中将,这两男两女。太政大臣一手将几个孩子抚养长大,其中对聪明可爱的二小姐最为宠爱。二小姐十三岁那年的八月十五夜,梦见天人下凡,教授了她琵琶曲的种种后离开,第二年同一个夜晚,天人再次从梦中出现,教授了她剩下的秘曲,说道:“甚为遗憾,如此优秀之人,居然是为情所恼,终生不得安宁之宿命。”为她而叹息,而后消失不见。背负着这样悲剧命运预言的女性——二小姐即本故事的女主人公。
太政大臣很看重关白左大臣的长子权中纳言,令女儿大小姐与之缔结婚约。中纳言眉清目秀,是被众人期待未来大有作为的贵公子。他妹妹身为中宫,且为东宫之母,他的前途不可限量。此乃男主人公。
二小姐十六岁为大厄运年。为避忌讳,她离开了为操持姐姐婚礼而忙碌的父亲宅邸,由表姐陪伴前去表哥僧都位于九条的家中。而在那旁边,恰巧遇到了为探视乳母而来的中纳言。中纳言为琴声所吸引,从围墙缝隙中偷窥二小姐,就如同看到“皎洁的望月之光”一般,瞬间被迷倒,两人有了一夜情。二小姐因此怀孕。中纳言虽然与大小姐结婚,却始终无法忘记九条的女子。他将但马守的三女(二小姐表姐的外甥女)错认为二小姐,化名宫中将,事情变得错综复杂。最终,中纳言得知所寻女子乃自己的妻妹,甚为苦恼。经历了噩梦般的一夜后,二小姐一直卧病在床,得知男方乃是自己姐夫,且自己怀有身孕,感叹自己的身世坎坷,“不留空骸,永别今世”,认为自己只有死路一条。
得知二小姐怀有自己孩子的中纳言,对二小姐的感情越发浓厚。堪称悲剧。男主人公也好,女主人公也好,还有身为姐姐和妻子的大小姐,这种发展都是不幸的。本来,亲人们都是好意。表姐的献身,九条僧都的祈祷,二哥宰相中将的挂念,中宫的同情……可是,这不合时宜的缘分,使得事态变得越发严重起来。
中納言在卷末,二十岁的正月,晋升为大纳言。
(翻译自小学馆《日本古典文学全集》19《夜半惊醒》)
一、寝覚めの恋
人の世のさまなるを見聞つもるに、なを寢覺の御仲らひばかり、あさからね契ながら、世に心づくしなるためしは、ありがたくも有けるかな。
そのもとの根ざしをたづぬれば、そのころ太政大臣ときこゆるは、朱雀院の御はらからの、源氏に成給へりしになむありける。琴笛の道にも、文のかたにも、すぐれていとかしこくものし給ひけれど、女御腹にて、はかばかしき御後見もなかりければ、「なかなかただ人にて公の御後見」とおぼしをきてけるなるべし、その本意ありて、いとやむごとなき覺えにものし給ふ。北の方、ひとところは按察の大納言のむすめ、そこに男二人ものし給ふ。帥の宮の御女の腹には、女二人おはしけり。形見どもを、うらやみなくとどめをきて、競ひかくれ給ひにしのち、世を憂きものに懲りはてて、いとひろく、おもしろき宮にひとり住みにて、男女君だちをも、みなひとつに迎へよせて、世のつねにおぼしうつろふ御心もたえて、ひとりの御羽のしたに四所をはぐゝみ奉り給ひつつ、男君には笛をならはし、文ををしへ、姫君のいとすぐれて生ひたち給には、姉君には琵琶、中の君には箏の琴ををしへ奉り給に、をのをの、さとうかしこく彈きすぐれ給ふ。中にも、中の君の、十三ばかりにて、まだいといはけなかるべきほどにて、をしへ奉り給ふにもすぎて、たゞひとわたりに、かぎりなき音をひき給ふ。「この世のみにてし給ふことにはあらざりけり」と、あはれにかなしくおもひきこえ給ふ。
二、中の君、夢の中に天人から琵琶を習う
八月十五夜、つねよりもあかしと云中にもくまなきに、内にも御遊あるべかりけれど、朱雀院の帝、御風おこらせ給へりければ、にはかにとゞまりて、いと映なく、ところどころ に、ひとへに月を賞で給夜あり。この源氏の大殿にも御簾どもあげわたして、姫君たち端にいで給て、大君は、琵琶を、御かたちはきよらに、いとけだかくて、おほのかなるものの音を、ゆるゝかにおもしろくかきならし、中の君は、幼くちいさき御程に、こよひの月の光にもおとるまじきさまして、箏の琴をひき給ふ。その音いふかぎりなく、そこらの年をへて彈きしみたるよりも、いまめかしく、すみたる音をひきまし給へるに、「めづらかに、ゆゝしうかなし」と見聞き奉らせ給に、夜ふくるまゝに、いといみじくおもしろく、あはれなり。「これをたゞいま、もの思ひしらん人に見せ聞かせばや」と思すほどに、夜いたくふけて、みな御琴にやがて傾きかゝりて御殿篭りいりたるに、小姫君の御夢に、いとめでたくきよらに、髮あげうるはしき、唐繪のさましたる人、琵琶をもて来て、「こよひの御箏の琴の音、雲の上まであはれにひびき聞えつるを、たづねまうできつる也。おのが琵琶の音彈きつたふべき人、天のしたには、君ひとりなむものし給ける。これもさるべき昔の世の契なり。これ弾きとどめ給て、國王までつたへ奉り給ばかり」とて、おしふるを、いとうれしと思ひて、あまたの手を、かたときのまに彈きとりつ。「こののこりの手の、この世に傳はらぬ、いま五あるは、來年のこよひくだり來ておしへ奉らん」とて、うせぬと見給ひて、おどろき給へれば、あかつきがたになりにけり。琵琶は、殿もならはし給はぬものなれば、わざと彈かんとも思はぬに、ならふとみつる手どものいとよく覺ゆるをあやしさに、琵琶を取よせてひき給ふに、大臣聞き給ひて、「こはいかにかく彈きすぐれ給しぞ。めづらかなるわざかな」と、あさみ驚き給つれど、夢をば、はづかしうて、なかなかに語りつづけず。つねにならひし箏の琴よりも、夢にならひし琵琶は、いささかとどこほらず、たどらるべき調なくおもひつゞけらる。
三、翌年、再び天下人が下り、宿世を予言する
人のきくには、かきも鳴らさず、人しれずをしへし月日をかぞへて待つに、またの年の八月十五夜に成ぬ。そのとし、この君は十四に成給ふ。つとめてより雨ふりくらせば、月もあるまじきなめりと、口惜しうながめくらすに、ゆふさりつかた風うち吹て、月、ありしよりも空すみて、あかくなりぬ。殿は、こよひ内に文つくり御遊あるに參り給ぬれば、いとしづかなるに、端ちかく御簾まきあげて、よひには、例の箏の琴をひき給て、人しづまり夜ふけぬるにぞ、琵琶を、をしへのまゝに、音のあるかぎりいだしてひき給れば、姫君「つねにひき給ふ箏の琴よりも、是こそすぐれて聞ゆれ。むかしより、とりわき殿のをしへたまへど、つねにたどたどしくてえ彈きとどめぬものを、あさましき君の御さまかな」と、聞きおどろき、うらやみ給ふ。例の御殿篭りたるに、ありしおなじ人を、「をしへ奉りしにもすぎて、あはれなりつる御琴の音かな。この手どもを聞きしる人は、えしもやなからん」とて、のこりの手いま五ををしへて、「あはれ、あたら人の、いたくものを思ひ、心をみだし給べき宿世のおはするかな」とて、かへりぬと見給ふに、この手どもを、覺めて、さらにとどこほらず彈かる。あさましう思あまりて、姉君に、「夢に琵琶ををしふる人こそあれ」とばかりきこえ給へど、なかなか語りつづけ給はず。
四、三年目の十五夜、天人はついに現れず
又かへる年の十五夜に、月ながめて、こと·琵琶彈きつつ、格子もあげながら寢いり給へど、夢にも見えず。打をどろき給へれば、月も明がたに成にけり。あはれに口惜しうおぼえ、琵琶を引よせて、
天の原雲のかよひ路とぢてけり月の都のひともとひこず
あかつきの風にあはせて彈き給へる音の、いふかぎりなくおもしろきを、大臣もおどろかされて、「めづらかに、ゆゝしくかなし」と聞き給ふ。
五、姫君の婚約
この君に、姫君はいま五ばかりが年上にものし給へば、ことごとおとなび給ひにたるを、「いかにもてなしきこえん」と、おぼしみだるる事かぎりなし。「この比内には、關白し給ふ左大臣の御女、春宮の御母にて后に居給へる、御おぼえのいかめしさに、御はらからの式部卿宮の御女、承香殿女御ときこえて、わたくし物に心ぐるしう思しとどめられたる、すゑすゑにて、なにばかりのことあるべきにあらず。春宮はまだ稚兒にておはします。いかがはすべき」と思すに、左大臣の御太郎、かたち心ばへ、すべて身のさい、この世には餘るまですぐれてかぎりなく、世のひかりと、おほやけ·わたくし思ひあがめられ給ふ人有。年もまだ廿にたらぬ程にて、權中納言にて中將かけ給へる、ものし給。關白のかなし子、后の御兄、春宮の御をぢ、いまも行末もたのもしげに、めでたきに、心ばへなどの、さる我まゝなる世とても、おごり、人を輕むる心なく、いとありがたくもておさめたるを、「御門の御母·后にゐざらむ女は、この人のたぐいにてあらんこそ、めでたからめ」とおぼししめて、殿に御氣色たまはらせ給に、「などてかは。皇女たちよりほかは、この人こそやんごとなかるべきよすがなれ。うしろやすく、めやすかるべき御なか」と、うけひき給てければ、御心ざしはこよなくたちまさりたれど、かぎりあれば、まづ大姫君の御事を、八月一日と取りて、いそぎ給ふ。
譯文
一、惊醒之恋
男女之间有诸多因缘,至今为止已有不少见闻,虽说如此,像这“惊醒”中的两人这般,被深厚的缘分牵绊,却又无比烦恼的例子,仍不多见。
若想对惊醒之恋中的二人身份一探究竟,可知——其时有位太政大臣,乃是先帝朱雀院的兄弟降下臣藉,称为源氏的人物。无论管弦之道还是汉诗文方面,都出类拔萃,十分优秀。可是其母亲只是普通女御,并没有可靠的外戚,父皇认为反而让他作为臣子辅佐朝政,才是为他着想。而他也不负众望,现在成为世间德高望重的人物。太政大臣的夫人,一位是按察使大纳言之女,生了两个男孩。另一位是帅宫[1]之女,生了两个女孩。两位夫人生完孩子之后,留下了无限的不舍,相继去世。之后,太政大臣十分悲伤痛苦,对夫妻之缘不抱任何希望,在宽广的府邸里过着鳏夫生活,将男孩女孩都接到身边,毫无续弦的意思,独自一人悉心养育四个孩子。让男孩学习吹笛,教授汉诗文,对十分美丽的女儿,让姐姐学琵琶,妹妹学筝,都弹得非常出色。其中,二女儿虽然年芳十三,应该是充满孩子气的年纪,可是已经能凌驾于父亲的教导之上,只练习了一次就能弹出无法形容的美妙音色。其父太政大臣说:“这恐怕是前世的善报吧。只靠今世的才华,不可能弹出这样的音色。”对二小姐更加发自内心地宠爱。
二、二小姐梦中得天人教授琵琶
八月十五的夜晚——所谓中秋的明月,果然月光辉照与往时不同。是夜,月色格外澄明,宫中依例应举办赏月酒宴,因朱雀上皇染风病[2],仓促中止,如同火光消失一般冷清,众府邸内只能各自赏月。这源氏太政大臣的府邸内亦是如此,将御帘皆高高卷起,小姐们来到廊下,大小姐怀抱琵琶,其姿态优美,气度非凡,与琵琶相宜得章,缓缓拨弹着深幽的音色,奏出妙趣横生的曲调。二小姐虽然尚年幼,也是一副毫不逊色于今夜月光的照人样子,弹着古筝。那音色之妙,难以用语言形容。比起长年练习,熟练弹奏的人,更加生动活泼,音色澄净,“这真是无人可比,优美到令人怜爱。”其父亲大人也眯着眼睛,侧耳倾听。夜色愈浓,兴致反而愈高,乐声沁人心扉。“二小姐的身姿和美妙的音色,此时此刻真想让有风雅之心的人都看一看,听一听啊。”如此感慨之际,夜已深,众人都沉浸在琴音之中,沉沉睡去。在二小姐的梦中,出现了一位美若天仙,呈束发[1]姿态,犹如从唐绘中走出来的女子,她手持琵琶,说道:“因今夜御古筝之琴音,上达天际,故来此拜访。能传承吾之琵琶的,世间仅君一人,此乃宿世之因缘。来吧,请将吾教与你的乐曲,奏给国王听。”说着,便教授乐曲,二小姐心中雀跃,众多乐曲霎时间便学会弹奏。“乐曲中尚未传授的仅剩五首,明年今日吾将再从天而降,传授与你。”说完,女子便消失了,二小姐从梦中惊醒,发现已近天明。琵琶本是父亲未曾教授过的,平日也不曾弹奏,可梦中天人所教曲目却都清晰记得,深感不可思议,顺手取琵琶随意拨弹,父亲大臣听了,不由得从心底震惊:“到底为何会弹得如此美妙?真乃世间罕见。”而二小姐耻于将梦中之事告知。平日时时练习的古筝,反而不如梦中习得的琵琶,虽然从未动手弹过,却毫不犹豫地随手即弹,乐曲自然而然能回想起来。
三、翌年天人再来预言宿命
二小姐在有人聽时,从来不弹琵琶,只是在心中默默数着日期,等候天人约定之日来临——很快,又到了中秋。这一年,二小姐芳龄十四。这一天,从清晨便阴雨连绵,“恐怕今夜不会出月亮了”,二小姐心中遗憾,眺望天空陷入沉思,不觉到了日暮,却起了风,天空比去年更加澄净,月色耀眼。父亲大臣今夜要去宫中参加管弦诗文宴会,已然出门,府邸内一片寂静,二小姐来到走廊边,将御帘卷起,夜晚像往常一般弹奏古筝,待夜深人静后,将去年天人所教授的琵琶尽情弹奏。大小姐听了说,惊讶地想,“比起平日常弹的古筝,这琵琶的音色更胜一筹。琵琶是以前父亲亲自教授于我的,我虽经常练习却仍不能熟练弹奏,而她居然弹得那么好!”不由得羡慕二小姐。与之前一样,二小姐休息时,天人又出现在她面前,“你弹奏的琵琶音色,比吾教授的还要美妙。无人可领略此曲的妙处。”说完,将其余五首曲子教给她,“啊,真是可惜。如此这般的妙人,却有被情所恼,心烦意乱的宿命。”然后,便自行离去。梦中如此,而所教授乐曲,即使醒来也能清晰记得,流利弹奏。二小姐自己也觉得不可思议,忍不住对姐姐说:“在梦中有人教授我琵琶。”也只说了这么一句,其他的不再透露。
四、第三年中秋夜天人未出现
又一年的中秋之夜,二小姐依旧眺望圆月,边弹古筝和琵琶,边等着天人,格子窗打开着便进入梦乡,但天人终究没有在梦中出现。突然醒来时,警觉天已大亮,满月只剩残影。二小姐内心悲伤遗憾,取过琵琶,
天原云路闭,月都人不来。
合着拂晓的微风弹奏出的琵琶之音,无以言表的雅致,父亲大臣闻乐醒来,侧耳倾听,心想“实在罕见,动听得令人害怕。”
五、大小姐的婚约
大小姐比二小姐年长五岁,各方面已是成人,“如何才能为她找个得意郎君”,父亲太政大臣为此伤透脑筋。“即使想令她入宫,可如今宫中已有关白左大臣的女儿身居后位,还是东宫之母,深受陛下宠爱。此外,还有自己兄长式部卿亲王之女,人称承香殿女御,这位也是圣恩正盛。要给这些显赫一时的人忝陪末座,大小姐想必很难幸福。那么若送入东宫处又如何呢?可东宫尚且年幼,如何是好呢?”于是想来想去,突然想到,左大臣的长子容貌、气质自不必说,学问及各种才艺也是出类拔萃,被称为“世间之光”,公私两方面都受人尊崇。且年纪尚不足二十,已经身居权中纳言兼中将之高位,可谓年轻有为。他是关白最宠爱的儿子,还是当今皇后之兄,东宫之舅父,现在已是人上人,将来更是前途无量。更为可贵的是,他气度不凡,明明在朝廷中执牛耳,却没有一丝一毫的骄纵傲慢之心,为人沉稳,太政大臣考虑到,“若是当不了天皇之母或者皇后,能当上此人的妻子,也可称得上女子之幸吧。”于是咨询关白的意向。“有何不可?除去皇女,太政大臣家的小姐可谓最高贵的配偶。实在是令人放心的般配的良缘。”关白答应了,作为太政大臣来说,虽然对二小姐的关爱格外强烈,但凡事都有先后顺序,首先决定大小姐的婚事。婚礼定在八月一日举行,各种准备工作有条不紊地开始了。
未完待续
原文出自小学馆《日本古典文学全集》19《夜半惊醒》(1974年)
译者简介:尹蕾,中南财经政法大学外国语学院。
[1]帅宫:宫指天皇之子,帅是太宰帅,太宰府名义上的长官,一般不会去赴任。因此帅宫是皇子任太宰帅的人。
[2]风病:因感染风毒而患的疾病,类似于今日的感冒发烧一类。
[1]束发:头发扎起来盘在头顶,用钗子固定。当时的日本贵族女子主要为垂发,束发是唐式发型。因此后文中说如同在唐绘中走出来一样。