丹野 久
(北海道農産協会,日本 北海道札幌,060-0004)
キーワード:北海道うるち米;発生要因;アミロース含有率;精米蛋白質含有率;地域間差異;年次間差異
お米の食味は,一般に精米蛋白質含有率(以下,蛋白)が低いほど,またアミロース含有率(以下,アミロース)が低いほど良いことが認められている[1-3](図1)。しかし,これら両含有率では年次間に大きな差異が見られている(図2)。そのため,北海道米の食味は年次により蛋白あるいはアミロースの上昇により大きく低下することが認められている(図3)。また,蛋白の地域間差異も大きいことが報告されている[5]。
図1 アミロース含有率,精米蛋白含有率および食味官能試験総合評価(食味総合評価)との間の関係[1]
図2 精米蛋白質含有率およびアミロース含有率(各蛋白、アミロース)の全北海道平均値の年次推移
そこで,北海道米の食味の高位安定化を図るには,それら蛋白とアミロースの年次間地域間差異の大きさと発生要因を明らかにし,それらに対応して,良食味米栽培技術[6-7]および作付け品種[7-8]を選択することが重要である。
図3 食味官能試験の総合評価値,精米蛋白質含有率およびアミロース含有率(各,食味総合値,蛋白,アミロース)における東北以南産良食味品種と北海道品種との間の差異の年次推移[4]
本報では,最初に北海道米における過去16年次と栽培15地域について,蛋白とアミロースの年次間差異と地域間差異を明らかにし,それらを比較した。次に,その発生要因を,水稲の栽培期間と生育ステージ別の気温,生育特性および土壌型などとの関係から解明した。加えて,初期生育が異なる土壌 ・ 地域の違いが,蛋白と年次間差異の発生要因との間の関係に及ぼす影響を明らかにした。
蛋白は1991—2006年の16年次間で,7.2%から 8.6%まで 1.4%の大きな差異があった(表1)。また,アミロースは,同年次間で 18.3%から22.2%まで3.9%の大きな差異があった。一方,全北海道稲作地の15地域間には,蛋白で7.2%から8.2%まで1.0%の,アミロースは19.8%から21.2%まで 1.4%の差異があった。すなわち,年次間の差異は地域間に比べ蛋白では 1.4倍,アミロースでは 2.8倍であり,年次間の標準偏差も地域間に比べそれぞれ1.5,3.2倍といずれも大きく,とくにアミロースで大きかった。
表1 試験年次別と地域別における水稲の栽培期間と生育ステージ別の気温,生育特性および精米蛋白質含有率,アミロ-ス含有率の統計量[5]
また,蛋白とアミロースにおける年次間と地域間の平均値とその標準偏差との間の関係においては,蛋白の年次間でのみ,平均値が高いほど標準偏差が大きくなる一定の関係が見られた(図4~5)。その他の例えばアミロースは,年次間で平均値が大きく変動するが,その標準偏差の差異は 0.43%~0.76%と大きくなく,両値の間に一定の関係は見られなかった。
図4 精米蛋白質含有率とアミロース含有率における年次内頻度分布の例
図5 年次間と地域間における精米蛋白含有率およびアミロース含有率(各,蛋白,アミロース)の平均値とその標準偏差との間の関係[5]
以上のように,蛋白とアミロースともに年次間と地域間に大きな差異があり,また前者が後者よりも大きかった。とくに蛋白が高い年次には,その地域間の標準偏差(バラツキ)も大きくなり,販売 ・ 流通上の大きな問題であると考えられた。
水稲の栽培期間5~7月および8~9月の日平均積算気温は,それらの年次間(各15地域の平均)の最大値と最小値の差異がいずれも地域間(各16ヵ年の平均)の2.0倍と大きく,また標準偏差も年次間が地域間の 1.9~2.5倍と大きかった(表1)。
分げつ期(6月)の平均気温,出穂前24日以降30日間である障害型冷害の危険期(以下,障害危険期)の平均気温,出穂後40日間の日平均積算気温(以下,登熟気温),および出穂後40日間の日較差積算気温(以下,登熟日較差気温)では年次間差異は地域間に比べ,また年次間の標準偏差は地域間に比べ,ほぼ同じであった登熟日較差気温を除き,それぞれ1.9~4.2倍および2.0~4.3倍と大きかった(表1)。
生育特性では,玄米収量は年次間で 10a当たり205~576 kg,最大371 kgの差異で,標準偏差が99 kgであり,地域間に比べ1.8~1.9倍と大きかった。さらに,出穂期,不稔歩合および千粒重の生育特性ではいずれも,年次間の差異は地域間に比べ,また年次間の標準偏差は地域間に比べ,それぞれ1.6~4.4,1.4~3.2倍と大きかった(表1)。
以上のように,水稲の栽培期間の平均気温は年次間差異が地域間に比べ大きく,生育ステージ別の平均気温でも同様に年次間差異が大きかった。そのため,水稲の玄米収量などの生育特性は年次間差異が地域間に比べ大きく,蛋白とアミロースも年次間差異が大きくなったと考えられた。
蛋白は年次間で,出穂期が早く,障害危険期の平均気温が高く不稔歩合が低く[10],千粒重が重く[11-13],玄米収量が多いほど低かった(表2,図6~8)。また,登熟気温が年次間では843 ℃で最低となり,それより高く[14-15]または低くなる[16]に伴い高蛋白となる二次回帰の関係が認められた(図9)。一方,地域間では,これら生育ステージ別平均気温および生育特性と蛋白との間に一定の関係が認められなかった。
表2 年次間と地域間における精米蛋白質含有率,アミロース含有率,玄米収量と生育特性,生育ステージ別の気温との間の相関係数[5]
図6 年次間と地域間における不稔歩合と精米蛋白質含有率との間の関係[5]
図7 年次間と地域間における千粒重と精米蛋白質含有率との間の関係[5]
図8 年次間と地域間における玄米収量と精米蛋白質含有率との間の関係[5]
図9 年次間と地域間における出穂後40日間の日平均積算気温と精米蛋白質含有率との間の関係[5]
地域別の土壌型比率では,泥炭土比率が低いほど,褐色低地土比率と灰色低地土比率が高い地域ほど,蛋白は低くなった(図 10)。これら関係の決定係数は,分布幅が 0%~42%と最も広い泥炭土比率との値が最も大きく,影響度が高かった[17-19]。
図10 地域間における土壌型比率と精米蛋白質含有率との間の関係[5]
また,分げつ期の平均風速と蛋白との間には,年次間には一定の関係が認められず,地域間では同風速が小さいほど蛋白が低い傾向があり(図 11),同風速が小さく初期生育が良いほど蛋白が下がるため[3]と思われた。なお,泥炭土比率が低い地域は同風速も小さい傾向があった(r=0.578*,n=15)。
以上のように,蛋白は年次間で,出穂が早く,障害危険期が高温で不稔が少なく,千粒重が重く多収なほど低く,登熟気温とは843 ℃で最低となる二次回帰の関係があったが,地域間ではこれらとは一定の関係がなかった。一方,地域間では,泥炭土比率が低く分げつ期の風速が小さいほど低蛋白となった。
図11 年次間と地域間における分げつ期の風速と精米蛋白質含有率との間の関係[5]
北海道中央北部地域と南部地域は,生育初期の風速が小さく土壌窒素可吸態化速度が大きい褐色低地土(乾田)で,初期生育が旺盛である【20】(表 3)。それら地域では,㎡当たり稔実籾数が多く,加えて中央北部では全重,南部では千粒重がそれぞれ重く多収であるほど蛋白は低[16]くなった(表4,図12~13)。
表3 初 期生育が異なる土壌 ・ 地域における栽培特性の比較[16,20]
表4 初 期生育が異なる土壌 ・ 地域での年次間における精米蛋白含有率と生育特性との間の相関係数[16]
図12 初 期生育が異なる土壌 ・ 地域での年次間における千粒重と精米蛋白質含有率との間の関係[16]
図13 初 期生育が異なる土壌 ・ 地域での年次間における精玄米収量と精米蛋白質含有率との間の関係[16]
それに対し,中央南部地域は,生育初期に風速が大きく土壌窒素可吸態化速度が小さいグライ土(湿田)のため,初期生育が劣る[20](表3)。同地域では蛋白と㎡当たり籾数,全重および玄米収量との間にはいずれも明確な関係が認められず,千粒重とは逆に千粒重が重くなるほど高蛋白となった(表4,図12~13)。
蛋白と登熟気温との関係では,初期生育が優る中央北部および南部では,不稔歩合が30%以上と高いため高蛋白化したデータを除いた場合に,835~840 ℃で最低となる二次回帰の関係が見られた。一方,初期生育が劣る中央南部では,それに加えてとくに登熟後半に土壌窒素吸収が多く高蛋白化したと推定される年次のデータを除いた場合に,同様な832 ℃で最低となる二次回帰の関係が見られた。(図14)。
以上のことから,水稲の初期生育が不良な土壌 ・ 地域では,土壌中窒素が生育前半に十分吸収されず,また気温が高くなる夏季に可吸態化が進みやすい。そのため,登熟期でも稲作物体による窒素吸収が比較的多い。とくに登熟期の後半迄,土壌水分が多く高温で稲作物体の老化も進んでいないなどの光合成に良好な条件では,同時に土壌中窒素吸収も多く行われる。その結果,多収化しても低蛋白化しないことや千粒重が重くなるとともに高蛋白化するなど,前項目3の北海道水稲栽培全域や本項目4の初期生育の良好な土壌 ・ 地域で認められた蛋白と生育特性との間の関係とは異なったと考えられた。
アミロースは,年次間および地域間でいずれも登熟気温が高くなるほど低くなった(表2,図15)。一方,地域間では異なる場合もあるが,分げつ期の平均気温が高く(年次間でr=–0.637**,n=16,地域間でr=–0.786**,n=15,以下同じ),障害危険期の平均気温が高いほど(r=–0.721**,r=0.427ns),出穂期が早くなり,さらに出穂期が早いほど登熟気温が高くなる傾向があった[21](r=–0.703**,r=–0.415ns)。その出穂期促進効果があるため,地域間での分げつ期の平均気温を除き,年次間と地域間で,分げつ期と障害危険期での平均気温がいずれも高いほど低アミロースとなる傾向があった(表2)。
さらに,アミロースは地域間で登熟日較差気温が低いほど低くなった[2](図16)。また,海からの距離が短く,緯度(北緯)が低いほど低アミロースとなる傾向があった(図 17)。しかし,海からの距離および緯度と登熟気温との間には,いずれも一定の関係が認められなかった(表5)。このことから,海からの距離および緯度とアミロースとの関係は,海からの距離が短いほど登熟日較差気温が低くなること,および北海道では緯度が低い稲作地域ほど概して海からの距離が短くなることに加え,緯度が低いほど日較差気温が低くなる[23](表 5)ためと思われた。
図15 年次間と地域間における出穂後40日間の日平均積算気温とアミロース含有率との間の関係[5]
図16 年次間と地域間における出穂後40日間の日較差積算気温とアミロース含有率との間の関係[22]
以上のように,アミロースは年次間と地域間ともに,登熟気温が高くなるほど低くなった。一方,地域間において,緯度が低く海からの距離が短く登熟日較差気温が低いほど,低アミロースとなった。
図17 地域間における海からの距離および緯度(北緯)とアミロース含有率との間の関係[22]
表5 15地域間における海からの距離,緯度(北緯),出穂後40日間の日較差積算気温および同日平均積算気温の間の相関係数[22]
備考:
1. 参考文献の中で、国家を明記するジャーナル以外、その他はすべて日本語のジャーナルである。
2. 本論文のカラーグラフは本誌のHPサイト(http://lyspkj.ijurnal.cn/ch/index.axpx)、中国知網、万方、唯普、超星などのデータベースをダウンロードして取得できる。