丹野 久,吉村 徹,平山 裕治
(1.日本水稲品質 ・食味研究会,日本 東京都中央区 104-0033;2.北海道立総合研究機構中央農業試験場遺伝資源部,日本 北海道滝川 073-0013;3.北海道立総合研究機構上川農業試験場,日本 北海道比布 078-0397)
キーワード:搗き餅の硬化性;精米白度;精米蛋白質含有率;食味;もち米育種;寒地
日本では古来より粳品種とともに糯品種が栽培されてきた。現在の北海道主要産地である中央部では,東北以南に比べて大きく遅れて1890年代に水稲粳品種の作付けが広がり始め,糯品種は1900年代以降から育成,栽培されるようになった[1]。2019年における北海道の糯品種の作付けは,7790haで,北海道の水稲面積の7.4%をしめる[2]。また,日本全国で見ても佐賀県や新潟県とともに北海道は主要なもち米の生産地である[3]
もち米は,主食用として蒸し米や炊飯米をおこわや赤飯として食すだけでなく,加工用として蒸し米を搗 き餅とし,切り餅 ・成型餅や米菓などの原料に使用する。さらに,和菓子原料として,炊飯または蒸したもち米をつぶすか,あるいはもち米を直接あるいは浸漬や乾燥,蒸すなどの処理後に粉にして湯を加えて練り,使用する(表1)。
卸企業や外食 ・加工業でのもち米で重要視する品質については,精米白度,食味,粘性,精米蛋白質含有率(以下,蛋白質と記す),および硬化性などが報告されている(図1)。すなわち,主食用や加工用とも,もち米の白度が高いほど販売上あるいは加工製品の外観にとって望ましい。おこわや搗き餅として食味が良好で粘りが強いことも必要である。また,もち米の蛋白質が低いほど精米白度が高くなり(図2),餅生地色で黄味が弱く(図3),餅生地白度が高くなる(図4)。さらに,低蛋白質ほど搗き餅の食味,すなわち滑らかさや粘りなどが良好となり[7],もち生地の伸展性および加工での膨化伸長性が優り[8](図5),炊飯米の粘りも良好となる(図6)ことから,蛋白質が低いことが重要とされる。しかし,北海道のもち米は東北以南のもち米に比べ従来,蛋白質が高く,精米白度や膨化性,さらに粘りも劣るとされる[4,6]。
図1 もち米の品質に関する調査項目の中で何を重視しますか(卸業者と外食 ・加工業へのアンケート調査,複数回答)[4]
図2 もち米における精米蛋白質含有率と精米白度との間の関係[4]
図3 精米蛋白質含有率と餅生地の色(b*)との間の関係[5]
図4 精米白度と餅生地白度との間の関係[6]
図5 精米蛋白質含有率と餅生地の伸展性との間の関係[5]
図6 もち米における精米蛋白質含有率と炊飯米の粘りとの間の関係[4]
一方,もち米が加工原料として使用される場合,工場での米菓や切り餅 ・成型餅の製造では搗き餅の硬化後に成型作業をするので,硬化に必要な時間を短くするために搗き餅の硬化性が高いことが望まれる。おこわや団子などの和菓子に用いる場合では,製造後柔らかさが持続し賞味期間が長いことが必要であり,逆に硬化性が低い必要がある(表1)。また,硬化性は同一品種でも登熟気温が低いほど低くなる[9-10]。北海道は日本の中でも気象が冷涼で登熟気温が低いため,生産されたもち米は主に硬化性が低い原料として利用されている[4]。しかし,近年には需要を拡大するために硬化性の高い糯品種も販売側から要望されてきた。
以上のことから,北海道の糯育種は,食味の向上,低蛋白化とともに精米白度の向上を目標とした。さらに硬化性では,従来からの搗き餅の硬化性(以下,搗き餅を略し,硬化性と記す)が低い品種の高品質化を進め,さらに,新たに硬化性が高い品種の開発も行ってきた。本報では,主にもち米品質の試験が多く行われた1970年以降の育成糯品種および一部1920年代からの新旧糯品種の試験結果から,育種の方法および成果の概要を紹介する。
1970年以降に育成された北海道糯 7品種は,いずれの品種も早期の開発を行うため世代促進(世促)栽培あるいは葯培養法に供試された(表 2)。すなわち,「おんねもち」[11](1970年育成)を除く他の全品種で冬季温室の F1世代養成を行った。また,「おんねもち」でF2世代を,「たんねもち」[12](1983年育成)で F3世代を,冬季温室で養成した。「はくちょうもち」[13](1989 年育成),「風の子もち」[14](1995年育成),「きたゆきもち」[16](2009年育成)および「きたふくもち」[17](2013年育成)の 4品種は,F2とF3世代を1年2作の世促栽培に供試した。「しろくまもち」[15](2007年育成)は葯培養で育成された。
表2 1970年以降育成の北海道糯7品種における育種年限短縮法への供試,品質および農業諸特性[2,11-19]
育種において選抜効率を上げるためには,可能な限り初期世代の多数の材料から選抜を行うことが望ましい。しかし,初期世代では供試数が多く品質選抜のための得られる検体量が少ないことや,多数の材料を測定するには簡便でなければならないなど,測定法が限定される。すなわち,玄米品質の外観と白度は達観で個体選抜試験の,精米白度と蛋白質はそれぞれ白度計と近赤外分析装置を用い系統選抜試験のいずれも初期世代から,玄米や精米で10~20 gを供試して選抜を行っている(表3)。
表3 北海道立総合研究機構上川農業試験場における糯品種育成試験の供試材料数および品質選抜手法[19]
硬化性について,搗き餅による曲がり法は精米数百gの検体量を要し,より少量の精米8gの検体量で簡易に測定可能な搗き餅によるテクスチャーアナライザー(T.A.)による評価と正の相関が高い(図7)。また,後者はさらに少量の米粉 3.5 gの検体で測定時間も短いラピッドビスコアナライザー(RVA)による最高粘度到達温度や糊化開始温度と正の相関関係がみられる[9](図8,図9)。そこで,とくにRVAの最高粘度到達温度を個体選抜から,少量の搗き餅で測定できるT.A.による硬化性を系統選抜試験から,曲がり法を生産力予備試験から,それら以降の試験で活用し選抜している。また,これら初期世代からの搗き餅を用いた硬化性選抜には,北海道立総合研究機構中央農業試験場と民間企業が共同開発した試験用小型もち搗き機(写真1)が活用されている。
図7 糯品種におけるテクスチャーアナライザー(T.A.)の硬さと曲がり法(b/a)との間の関係[19]
図8 糯品種におけるラピッドビスコアナライザー(RVA)の糊化開始温度とテクスチャーアナライザー(T.A.)の硬さとの間の関係[19]
図9 糯品種におけるラピッドビスコアナライザー(RVA)の最高粘度到達温度とテクスチャーアナライザー(T.A.)の硬さとの間の関係[19]
写真1 小型餅搗き機[15,21]サイズは幅44×奥行24×高さ28 cmで,杵と臼を5組連結し,各供試精米重量は5~15 g。
一方,搗き餅やおこわによる食味官能評価は生産力試験以降であり,供試系統数が限定される。育種効率を上げるために,官能評価よりも簡易で初期世代からの活用が可能な選抜法の開発が今後必要である。育成の最後には硬化性の高低に関わらず,実需から新品種としての十分な品質特性を有しているかの評価を得る。
硬化性は1970~1995年育成の4品種および「きたゆきもち」が「低」である(表2)。一方,「しろくまもち」と「きたふくもち」は硬化性「高」と従来の北海道糯品種と異なる。これら硬化性を高めた遺伝資源として「しろくまもち」の母本である「北海糯290号」には粳品種「ほしのゆめ」が,「しろくまもち」にはさらに父本として粳品種「大地の星」が寄与したと考えられる[15](図10)。なお,「おんねもち」や「たんねもち」は,片親が粳品種であるが硬化性が高くなく,硬化性を高めるためには母本の選定やその選抜が必要である。
図10 北海道糯品種の系譜[11-17,19]
また,糯品種の粒大は,従来は粳品種に比べランクが「やや小」と小粒であった。しかし,「風の子もち」以降「しろくまもち」を除く 3品種がランク「中」あるいは「やや大」と,それ以前よりも大きくなった。このことは,小粒品種では登熟条件が不良な場合,粒の充実が不足し粒厚が薄くなり,出荷調製時の粒厚選別による歩留まりが下がり低収化しやすい。そこで,収量安定化のため粒厚を厚く粒大を大きくするが,粒大が大きいと品質が低下する傾向がある。この粒大と外観品質との間にある負の相関関係を育種により打破できた例であると考えられる。
北海道は気象が冷涼であるため,水稲の安定生産のために穂ばらみ期,開花期とも作付け品種の障害型耐冷性が強いことが不可欠である。穂ばらみ期耐冷性は,育成時期の最も早い2品種の「中」から「はくちょうもち」で「やや強」,「風の子もち」で「やや強~強」,それ以降はいずれも「強」と向上した。また,開花期耐冷性も「おんねもち」から「風の子もち」まで「中」程度だったが,それ以降は「しろくまもち」の「強」や「きたふくもち」の「極強」と大きな改善が見られた。
(1)精米白度および精米蛋白質含有率
「はくちょうもち」はそれより前に育成された「おんねもち」と「たんねもち」に比べ,蛋白質は同等で,玄米白度は劣るものの精米白度は高かった(表4)。玄米白度が低い理由は,「はくちょうもち」の登熟が良いためサビ米の発生が早く玄米白度が低下しやすいためである。玄米白度は「風の子もち」,「きたゆきもち」および「きたふくもち」で「はくちょうもち」より高いが,精米白度には明確な差異がみられない(表5)。
表4 1970—1989年に育成された北海道糯3品種の玄米白度,精米白度および精米蛋白質含有率[19]
表5 1989年以降に育成された北海道糯5品種,および東北以南産銘柄糯4品種における玄米白度,精米白度,精米蛋白質含有率[19]
「はくちょうもち」より後に育成された品種は,蛋白質が「はくちょうもち」よりも低下しており,とくに「風の子もち」と「きたふくもち」で低い(表 5)。ただし,出穂後 40日間の積算平均気温が 840~850 ℃をこえた場合には,同積算気温が低いほど蛋白質が低くなる関係があるため[22],「風の子もち」は熟期が遅く登熟気温が低いことも蛋白質が低い要因の一つであると考えられる。
さらに,1920年代以降に育成された北海道新旧糯品種については,育成年次が新しくなるほど精米白度が低く(図 11),蛋白質が低かった(図 12)。また,蛋白質と精米白度との間には,北海道新旧粳品種間と同様に[23],負の相関関係があった(図 13)。一方,玄米白度については,1965年より前の育成糯品種では明確でなかったが,それ以降に育成された品種では,新しいほど高くなった(図14)。また,1965年以降の育成糯品種では,玄米白度が高くなるほど精米白度が高くなった(図15)。1970年以前の粳品種では,腹白や心白などの白未熟粒が多く,このことが玄米白度に影響することが認められており[24],1965年より前に育成された糯品種でも,玄米品質に不良形質が多く,それらが玄米白度に影響したと推察された。
図11 北海道の新旧糯品種における育成年次と精米白度との間の関係
図12 北海道の新旧糯品種における育成年次と精米蛋白質含有率との間の関係
図13 北海道の新旧糯品種における精米蛋白質含有率と精米白度との間の関係
図14 北海道の新旧糯品種における育成年次と玄米白度との間の関係
図15 1965年以降に育成された北海道新旧糯品種における玄米白度と精米白度との間の関係
一方,限られた試験数ではあるが,これら北海道5糯品種と東北以南である新潟県産「こがねもち」と「わたぼうし」,岩手県と宮城県産「ヒメノモチ」および佐賀県産「ヒヨクモチ」との間の比較では,玄米白度が「ヒメノモチ」で最も高く,蛋白質で「こがねもち」と「ヒメノモチ」が「きたふくもち」と同程度で最も低いことを除けば,精米白度も含め明確な差異はなかった(表5)。
(2)おこわによる食味
おこわの食味について,「おんねもち」,「たんねもち」および「はくちょうもち」と育成年次が新しくなるほど,数少ないデータであるが,外観のつやが良く粘りが強く総合評価が高くなった(表6)。「はくちょうもち」以降は,同品種に比べ「風の子もち」はほぼ同じ,「きたふくもち」では粘り,柔らかさおよび総合でわずかに優り,さらに「しろくまもち」と「きたゆきもち」ではそれら項目でやや優った。とくに「しろくまもち」では外観の白さとつやも評価がやや高かった(表 6)。また,試験例は少ないが,炊飯米の物性を新旧糯品種間で比較すると,炊飯後 5 ℃ 24時間貯蔵の後の測定で,新しい育成品種ほど粘りが強い傾向があった(図16)。
図16 北海道の新旧糯品種における育成年次とテクスチュロメータによる炊飯後24時間の粘りおよび硬さとの間の関係
表6 1970年以降に育成された北海道糯7品種のおこわによる食味官能評価[19]
(3)搗き餅による食味
搗き餅の食味について,「はくちょうもち」は育成時期がより早い「おんねもち」に比べ外観,きめの細かさ,触感,総合評価とも優り,「たんねもち」に比べてもやや優る(表7)。さらに「はくちょうもち」以降に育成された品種ではいずれもきめの細かさ,触感,総合評価で「はくちょうもち」に優っていた。
一方,東北以南の新潟県産「こがねもち」は2003—2008年と2009—2012年の成績をみると後者の期間で評価が明らかに低かった。そこで「こがねもち」のみ2期間別にし,さらに東北以南の新潟県産「わたぼうし」,岩手県産「ヒメノモチ」および佐賀県産「ヒヨクモチ」を,北海道糯品種に比較した(表7)。すなわち,「わたぼうし」の粘りや評価が高い2003—2008年での「こがねもち」における触感のコシと総合評価では,これら北海道糯品種を上回る高い評価であった。これらの改善点が北海道糯品種の課題として残されている。
表7 1970年以降に育成された北海道糯7品種,および東北以南産糯4品種の搗き餅による食味官能評価[19]
(4)搗き餅の硬化性
搗き餅の硬化性には「おんねもち」,「たんねもち」および「はくちょうもち」の間に明確な差異はなかった(表8)。さらに,硬化性の指標である搗き餅による曲がり法では,ランクを1(硬い)~5(柔らかい)に分け,日本でも硬化性が最も高い新潟県産「こがねもち」がランク 1,代表的な低い品種である「ヒヨクモチ」がランク4であった[25-26](表9,写真2)。北海道糯品種で「はくちょうもち」,「風の子もち」および「きたゆきもち」は硬化性が低く,「はくちょうもち」と「きたゆきもち」がほぼランク4である。また,「風の子もち」は「はくちょうもち」よりもランクの平均が4.7とさらにやや低いが,これは前述したように熟期が遅く登熟気温が低いためと考えられる。さらに,北海道の新旧糯品種で硬化性を測定した報告は乏しいが,硬化性と正の相関関係が見られる RVAの糊化開始温度は,近年育成した高い硬化性を目標とした品種を含まない場合,育成年次が新しい品種ほどわずかに低くなる傾向があった(図17)。
図17 北海道の新旧糯品種における育成年次とラピッドビスコアナライザー(RVA)の糊化開始温度との間の関係
表8 1970—1989年に育成された北海道糯3品種の搗き餅の硬化性[19]
表9 1989年以降に育成された北海道糯5品種,および東北以南産銘柄糯3品種の搗き餅の硬化性[19]
写真2 北海道および東北以南でそれぞれ搗き餅の硬化性が大きく異なる糯品種の曲がり法による硬化性[19]2012年産米,「こがねもち」:新潟県産,「ヒヨクモチ」:佐賀県産,他の品種:北海道立総合研究機構上川農業試験場産。曲がり法は図7の脚注を参照。北海道立総合研究機構上川農業試験場のデータによる。
一方,高い硬化性を有する北海道糯品種である「しろくまもち」は「はくちょうもち」より1ランク硬化性が高いランク3となった。さらに,最も新しく育成された「きたふくもち」はランクの平均が1.6とさらに向上した(表9)。しかし,「きたふくもち」の育成から8年が経過するが,2019年の作付面積は272haで,北海道糯品種全作付けの 3.5%に過ぎず(表 2),実需の評価がまだ高くないことがうかがえる。
今後の糯品種の育成では,硬化性が低い品種としては登熟気温の変動に関わらず「はくちょうもち」よりも安定して低い品種が望まれる。一方,硬化性が高い品種としては,元来北海道では新潟県よりも登熟気温が平均 5~6 ℃も低く不利な気象条件ではあるが,新たな選抜法[27]も含め,新潟県産「こがねもち」にさらに近づいた硬化性を有する品種の開発が期待される[10]。
以上のように,北海道糯品種は今後とも硬化性の高い品種と低い品種の両タイプに分けて育種が進められる。しかし,硬化性の高低に関わらずもち米は菓子用を除いてその多くが搗き餅あるいは炊飯米として食されるため,これらの食味も同時に向上させる必要がある。また,もち米の蛋白質が高いと搗き餅の外観や食味を低下させるのでより低い特性を有し,同時に冷温年での不稔発生により年次変動が生じないように穂ばらみ期と開花期の両障害型耐冷性をいっそう向上させる必要がある。さらに,糯品種の栽培でも,粳品種と同様に低蛋白米生産技術[28]をとくに励行する必要がある。