舒涵
【要旨】松本清張は日本の昭和期の代表的な作家であり、彼の創作のジャンルが多彩豊富である。その中で一番知られているのは彼の推理小説である。彼は推理小説を社会問題と結びつけて、「社会派推理小説」のジャンルを切り開いた。その作品を読んでいると、色彩語が頻繁に使われているのに気づく。文学作品の中に、色彩語は登場人物の気持ち、運命を暗示すること、雰囲気を営み、物語の筋を推進すること、作品のテーマを明らかにすることができる。したがって、色彩語は文学作品の中に大切な役割を果たすと言えよう。松本清張の「動機を主張することがそのまま人間描写に通じるように私は思う」という言葉から、彼が人間描写を重視することがわかる。『ゼロの焦点』の中に、色彩語を使って人間を描写する表現がしばしば出てくる。特に、人間の心理活動を表す顔の表情に関する表現が多い。本稿では、松本清張の初期の推理小説『ゼロの焦点』を研究対象にし、人間描写という角度から色彩語の役割を検討しようと思う。
【キーワード】ゼロの焦点;人間描写;色彩語;役割
一、『ゼロの焦点』における色彩語の使用
筆者は『ゼロの焦点』を読んでから、その中に出てくる色彩語の使用頻度を統計した。詳細は下表のとおりである。
上の図を見ると、一番多く使われる色彩は「黒」系統(合計96回)の色彩語で、次の順位は「白」(59回)、「赤」(55回)、「青」系統(18回)の色彩語であることがわかる。上記の四つの色彩語系統の色彩語はほかより圧倒的に使われているため、本研究では、「黒」、「白」、「赤」、「青」という四つの色彩語系統の色彩語を対象として、人間描写に絞り、その役割を検討したいと思う。
二、人間描写における色彩語の役割
1、「黒」系統の色彩語の役割
(1)服装の色(以下はその例を挙げる)
室田夫人の服装について、以下のような描写がある。
黒っぽい着物のよく似合う人だった。
昨夜の黒っぽい着物といい、夫人は渋みのよく似合う人だった。
(2)皮膚の色
禎子の夫である鵜原憲一について、以下のような描写がある。
しかし、虚心に見れば、色の浅黒い彼の容貌は、三十六歳以上でも以下でもない印象であった。
(3)恐怖、不安
禎子の嫂は主人の行方が不明になったとき、以下のような描写がある。
玄関には、嫂がすぐに出たが、その顔色が妙に黒いのを禎子は真っ先に見た。
「黒」は嫂の不安、心配、恐怖を表す役割を果たす。同じ「黒」系統に属する「暗い」も同じ役割を果たす。
2、「白」系統の色彩語の役割
(1)服装の色
登場人物の服装の色は黒色のほかに、白色のもあるが、黒色のより少ない。例えば、服装はグレーのワンピース、オレンジがかった赤いオーバー、白のネッカチーフ。
(2)高齢者
白髪の老婆は畳に尻をついて、框の前に立っている二人をくぼんだ目で見上げた。
こうして正面から見ると、室多儀作は両鬢に白髪があるせいか、年齢よりは老けて見えた。
(3)緊張感
「あなた方をお待ちしていたのですよ」という言葉が禎子の胸を殴った。予感が当たったという気がする。唇が白くなるのがわかった。
心理学の角度から言えば、人間が緊張感を持っている時に、顔は白く見えるため、「白」は緊張感の象徴でもあると思われる。
(4)純潔さ、綺麗さ
室田夫人、田所佐知子が描かれるとき、以下のような描写がある。
それほど美人ではないが、皮膚が白く、感じのいい容貌であった。
日本では、「白無垢」という言葉がある。結婚式が行われる時、花嫁は純潔の色である白い着物を着る。室田夫人は人々に純潔な人、綺麗な人を見なされるため、例の「白」は純潔さを表すという役割を果たすと思われる。
3、「赤」系統の色彩語の役割
(1)服装の色
桃色のネッカチーフに、赤いオーバー……ずいぶん派手な格好ですこと。
上記の「桃色」、「赤」は服装の色を表すだけではなく、その女の「パンパン女」としての身分も暗示すると思われる。「赤」という色は人を興奮させやすい特徴がある。日本では「桃色映画」という言葉があり、「桃色」は男女の乱れた関係を指す。その女は赤いオーバーを着たのは男の注意を引き起こす職業上の必要からである。
(2)恥ずかしさ
人々は恥ずかしいと思う時、顔は赤くなるのが普通である。「赤」のそういう役割を果たす例は次のように描かれている。
「金沢ではありませんでしたの?」禎子は思わず赤くなった。妻としての恥じらいが全身にのぼった。
(3)悲しさ
「赤」は恥ずかしさを表すほかに、人々の悲しさを表す役割もある。嫂は宗太郎の死亡を知った時、以下のような描寫がある。
嫂の腫れた赤い目に、強い雪の反射が痛そうであった。
(4)興奮、情熱、健康
きれいな白髪の老人で、赤ら顔をニコニコさせている。
老人は大変有名な作家であり、上流の婦人たちに尊敬されている。ホームで別れたとき、婦人たちは情熱的に彼を見送って、新聞社も熱心に写真を撮っててあげた。婦人たちと新聞社の情熱は彼を興奮させた。
4、「青」系統の色彩語の役割
(1)心配、恐れ
禎子は黙ったまま棒立ちになっていた。指先が震えてきた。自分では顔が蒼くなってゆくのがわかった。
(2)病気
嫂は宗太郎が死んだ時、以下のような描写がある。
特二の窓から見せている嫂は放心したように、蒼ざめて無表情だった。
家庭の柱である夫の逝去は彼女にとって、体の病気だけではなく、心の病気でもあると言えよう。
(3)若さ
「青」は若さ、生命力という意味があり、人の若さを表すという役割を果たす。そのため、「青年」、「青春」という言葉がある。
禎子は一人で窓際に座ったが、前には土地の青年が二人腰掛けて、津幡の駅に降りるまで映画の話をしていた。
三、終わりに
本稿では、松本清張の初期の推理小説『ゼロの焦点』を研究対象にし、人間描写という角度から色彩語の役割を検討した結果、以下のことがわかるようになった。
『ゼロの焦点』の中に出てくる色彩語の使用頻度である。一番多く使われるのは「黒」系統(合計96回)の色彩語で、次の順位は「白」(59回)、「赤」(55回)、「青」系統(18回)の色彩語である。上記の四つの色彩語系統の色彩語はほかより圧倒的に使われている。
人間描写における「黒」、「白」、「赤」、「青」という四つの色彩語系統の色彩語の役割である。「黒」系統は主に登場人物の服装の色、皮膚の色、恐怖および不安を表し、「白」は服装の色、高齢者、緊張感、純潔さ、綺麗さを表す。「赤」系統は服装の色、恥ずかしさ、悲しさ、興奮、情熱、健康を表し、「青」は心配、恐れ、病気,若さを表す。最も多く使われている「黒」系統の色彩語は犯罪のテーマを強調し、読者の共鳴を引き起こす役割がある。
しかし、時間と紙幅の都合で、十分に展開できなかった點がいくつかある。例えば、人間描写以外の景物描写における色彩の役割、『ゼロの焦点』以外の作品における色彩語の使用、松本清張の色彩観と作品の色彩語の関連などである。
それらは今後の課題にしたいと思う。
【参考文献】
[1] 松本清張. 『ゼロの焦点』、『松本清張集』[M]. 新潮社, 1970.
[2] 福田邦夫. 『赤橙黄緑青藍紫―色の意味と文化』[M]. 青娥書房, 1988.
[3] 渡辺洋子. 『色彩で心を読み取る心理学練習帳』[M]. 東京書籍, 2005.
[4] 李德纯. 「松本清张论」[M]. 日语学习与研究, 1987(05).